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れんたそが自分らしく生きるために人生を変える話。

劣等感から抜け出すためにブログ主れんたそが色々書き綴ります。気まぐれ野郎です。

Twitterの実装は思ったより大変。

フォローとフォロワーのリンクを作ってそれを表示させる課題に取り組んでいましたが、まあ大変。

Rails Tutorialでは

サンプルアプリケーションの開発では「モックアップ」「テスト駆動開発」「統合テスト」の3つの手法を採り入れます。

 とあるのですが、

フォローフォロワー欄の実装するやり方について調べてみると、

まあTutorialの手法でやっているケースが多いんですね。

いわゆるテスト開発ってやつです。

僕が今取り組んでいる教材は、

そもそもTutorialの手法と別の手法を使っている、

つまり、この2つの手法を混ぜると、必然的にエラーになります。

僕もなりました。

 

あれこれ調べても解決しないので、メンターさんに聞いて解決しました。

幸いそのメンターさんはTutorialをやり込んでいたので、

すぐに気付いたみたいです。さすがです。

 

ここで具体的な内容を書いてしまうと色々面倒なことがあるかもなので控えますが、

調べるときは、問題を切り分けて考える。

そして、メソッドが定義されていなかったりそもそもページが抜けていたりするので、そこも問題を整理する。

まあそういうことですね。

 

かなり過密日程なので、ここをなんとか乗り越えられればなあと思います。

プログラミングのマンツーマンレッスンの過程を記してみる。

長らく更新していませんでした。

というのも、

プログラミングの学習にのめり込んでいたからです。

今もまだその過程ですが、ちょこちょこと書いてみます。

 

先月末からとある会社が運営しているマンツーマンレッスンを受け始めました。

僕は田舎住みなので、オンラインでの受講です。

でもマンツーマンだけに、受講料が高額でした。。

それでもなんとか費用を捻出したれんたそは、マンツーマンレッスンを受講することになるのでありました。。

Gitって何?美味しいの?状態だった当初

HTMLとCSSProgateという、オンライン学習ツールで学んでいたので、サクサクできました。

ポートフォリオというプロフィールサイトはサクサク書けました。

けどまあ、

GitHubの使い方が訳分からない‥

僕にもそんな時期がありました。

 

知ってる人は知ってると思うんですが、

 

$ git init

$ git add .

$ git commit -m "ここにメッセージ"

$ git push origin master

 

最初ファイルを生成した時って大まかですけどこういうように実行すると思うんです。

それぞれのコマンドがどういう動作をするのかっていうのが分かりませんでした。

読んだはずなんですけどね。

なぜかしっくりきませんでした。

教材通りにやればそりゃできますよ。そのままやればいいんですから。

しかしながらいざ課題をやろうとした時に、

出来なかったんですね。。

 

課題自体は完成しているものの、GitHubで表示させるのに数日かかりました。

今思うとなんでこんなので悩んでたんだろ、と思いますが、

まあ当時はすごい焦りました。

Twitterクローンって簡単そうだけど、、

今はTwitterクローンの項目に取り組んでいます。

Rails Tutorialの経験もあり、スイスイ行くんじゃないかなーなんて思ってましたが、

全然そんなことはなく。

まあ苦労しました。というか現在進行形です。

今苦労しています。

しかし救いなのは、

大変ではあるけれども苦痛ではない

状態であるということです。

ですので課題に合格した時はすごく嬉しいんです。

ガッツポーズしちゃうんです。

現役エンジニアとして活躍しているメンターさんに褒められた時はすごく喜びます。

僕は褒めて伸びるタイプです。

 

これからは課題のたびに備忘録の意味も兼ねて投稿しようかなあと思ってます。

 

お互いがお互いの心に寄り添える社会。

ご存知の通り、科学技術、最近ではICT(情報通信技術)がめまぐるしい発展を遂げています。

これからも、限りなく発展し続けるのでしょう。

より便利になっていくことは我々にとってありがたいことです。

これからの生き方や働き方も変わってくるのでしょう。

 

しかし、今現在、様々な理由で苦しんでいる人がたくさんいます。

そこで一つ取り上げたいのは、社会的少数と言われるマイノリティ。

その中でも、精神疾患患者です。

 

増え続ける精神疾患患者。

ここで厚生労働省の資料を引用します。

精神疾患により医療機関にかかっている患者数は、近年大幅に増加しており、平成23年は320万人と依然300万人を超えています。
内訳としては、多いものから、うつ病統合失調症、不安障害、認知症などとなっており、 近年においては、うつ病認知症などの著しい増加がみられます。 

www.mhlw.go.jp

 

最近の資料ではないので実際のところはわかりませんが、

少なくとも平成23年時点では約320万人の精神疾患患者が存在しているということです。

これはうつ病や不安障害だけでなく、てんかん認知症も含まれます。

 

表を見る限りでは、

平成8年時点で約218万人。平成23年時点で約320万人と、

15年の月日で約100万人増加しています。

政府の資料でこれだけの大人数ということは、

精神疾患予備軍はもっと存在していてもおかしくないということです。

 

政府や地方自治体は相談窓口を設けるなど対策を講じていますが、

それだけでは根本的な解決にはならないでしょう。

相談したくても相談できる人が身の回りにいない。

他の人に知られることを恐れて打ち明けようとしない。

こういう現実がある以上、精神疾患患者は増え続ける一方でしょう。

 

健常者ではないことで苦しむ現実

僕は過去の記事でプログラミングに取り組んでいると書きました。

そのグループの中で、様々な記事が投稿されます。

主に体験談ですね。未経験から成り上がっていく旨の記事が多いです。

しかし、その人たちは、

見る限りですが、ハンディキャップを持っている人はほとんど存在しません。

どこかに埋もれているのかもしれませんが、

僕が今まで見てきた記事では全員が健常者でした。

 

ある意味当然のことなのかもしれません。

ですが、僕は腹が立ちました。

健常者しか成り上がれない現実に。

当たり前のことですが、僕はどうしても許せませんでした。

 

誰でも、どんなハンディキャップを持っている人でも、

自分の生きたいように生き、

成り上がることができなければなりません。

それには、精神疾患患者はもちろんのこと、

マイノリティでも尊重される社会を目指さなければなりません。

マイノリティだから優遇しろということではありません。

マイノリティであるのが強みとされるような環境の整備です。

 

完全な平等は不可能だけれども、それに近づけることは重要。

みなさん生まれも育ちも違います。

多種多様である限り、完全に平等にすることは不可能です。

ただ、それに限りなく近づけていくことは重要だと僕は思っています。

それには相互理解が不可欠です。

 

お互いがお互いの心に寄り添える社会。

どんなに素晴らしい社会でしょう。

僕だけでは実現は不可能ですし、周りをどんどん巻き込んで、

長い年月をかけて取り組まなくてはならないと思います。

しかしその流れは少なからず存在しています。

 

ですから、まだ希望は残されています。

生きている限り、希望は捨てることはありません。

生きましょう。誰でも生きやすい社会で。

結局は精神的に弱っている人間は理解されない。そんな世界変えてやる。

FacebookTwitter、特に実名で投稿する時、

ある程度の体裁が求められてしまいます。

匿名掲示板で毒を吐ききれない時は、

SNSに毒を吐くことがあります。

でも、大抵理解されることはありません。

自分がそうなったことがないからだと、僕は思っています。

就職や転職の時に悪影響を与えるというのは既定路線になっています。

 

大抵企業は普通の人を求めています。

それかクリエイティブな人。

精神的弱者は、求められていません。

仕事に耐えられないから。

実際僕は、耐えられませんでした。

 

「1ヶ月でエンジニアになれる!」

この言葉を何度も見ました。

これも普通の人に限った話です。

 

僕は異常者です。

このことを、僕が関わっている9割以上の人は

その状況を想定することができません。

自分がその状況にまで追い込まれたことがないから。

そういう経験がないから共感できない。

上っ面の言葉だけで、取り繕うとする。

 

だから自殺者がいつまで経っても後を絶たないという事実があるにも関わらず見て見ぬ振りをする人間が後を絶たない!

 

プログラミングの記事を色々と見てきましたが、

そこに書かれていることはポジティブな面が強いです。

ネガティブが求められていないんですね。

まあ当然なのかもしれませんが。

 

僕より辛い苦しい思いをしている人はたくさんいるでしょう。

たくさんいるからこそ、僕はその人たちを救いたい。

それ以前に、僕自身も救われたい。

そう思っているんです。

 

そして精神的弱者でも生きやすい社会を形成する。

それが僕の理想です。

今は上昇志向のある人が生きやすいですが、

色んな出来事、境遇により苦しんでいる人が救われているとは思えません。

 

インフラが発達しても、生活が便利になっても、

苦しんでいる人は後を絶ちません。

そういう人がふとした拍子に自殺に踏み切ってしまうのでしょう。

僕も何度も自殺を試みました。

傷跡と痛みが残っただけですが。

 

 

僕がfacebookに友達対象の設定で毒を吐いた結果、

「ネガティブ記事は仕事に悪影響を与える」

との旨のメッセージが飛ばされたことをきっかけに、

悲しくなり、

腹が立ち、

そして涙が出て、

悔しい思いをしました。

ですので思わずこの記事を書きました。

 

正論なんです。

その人は間違ったことは言っていないんです。

普通の人にとっては。

 

やりきれない思いになりました。

 

どこに生まれようと、

どんな境遇であろうと、

人に言いづらいことを抱えていたとしても、

生きやすい社会。

誰にも文句を言われない世界。

互いに寄り添える世界。

それが実現したら、どんなに素晴らしいことなのでしょう。

意地でも実現したいです。僕は。

僕の未来は明るい。

今日の進捗。

今日もRailsの続きをこなしていました。

ググってググってググりまくった結果、

なんとかエラーを解決できました。

今も引き続き継続中です。

その後facebook上のグループにてスカイプ雑談。

インストラクターの方のアドバイスも交えながら、充実した時間が送れました。

 

また、2ちゃんではない掲示板でのやり取りもしていたのですが、

苦しんでいる人がたくさんいるなあと思いました。

僕もその一人にあたります。

その中でも励ましのやり取りがあったり、

話が盛り上がったり、

これまた充実した時間でした。

 

facebook上でたまたまお世話になった先輩を見つけました。

自分の今までの経緯を話すと、励ましの言葉をくれました。

すごく心が楽になりました。

 

結局自分のやりたいことやっている時間が一番充実している。

人それぞれ考え方が多種多様で、分かり合えないこともあります。

実際家族間でも互いを理解し合えないことがあります。

それは価値観の違いなので僕は割り切っています。

でも、世界は広いです。

僕が思っているより遥かに広いはずです。

こんなに人がたくさん生きているのに、分かり合える人がいないわけがないです。

友人がいなくても、

家族と縁が切れて天涯孤独でも、

職場に腹を割って話せる人がいなくても。

世界は広いんです。

絶望なんてしていられない。

 

僕の未来も、きっと明るいはずです。

きっと、あなたの未来も。

これからの未来を見据えて。

9月30日から休職しています。

はい。

またです。

僕にとってはチャンスとも言えるんですけどね。

本腰を入れてRailsの学習に取り組んでいます。

教材の通りにやればその通りうまくいきますが、

人間です。ミスはつきものです。

ミスを修正しながら進めています。

エラーを解き明かしていくのが楽しいですね。

まあ教材とか色々読み返せば分かることなんですけどね。

それでも分からなければググります。

Google先生には大変お世話になっています。

 

無意識に意地を張っているのか分かりませんが、

あまり人に聞かないで一人で黙々やっています。

「エラーの(解決した)数だけ強くなれる」

と信じてやってます。

ハマるととことんはまりますね。

 

まずはツイッタークローンを完成させること。

そしてRails Tutorialを何度も繰り返して理解を深め、

年内にはオリジナルのWEBアプリを形にします。

 

せっかくの休職期間ですから。

やりたいことをとことんやります。

 

たまにベースを嗜みつつ、

というかいろんなフレーズを弾けるように。

自分で作曲できたら最高だね。

 

大丈夫。

僕の未来は明るい。

 

情緒不安定ですけどね。

 

まあ好きなようにやっていきますよ。

それが未来につながると信じて。

不向きなことは無理にやろうとしない。最悪身体が壊れるよ。

「君は、もしかしたら労働に向いていないのかもしれない。」

心療内科を受診した時に主治医から言われた一言です。

 

勉強が苦手、運動が苦手、人と接するのが苦手。

各々向き不向きはあって当然ですよね。

しかしなぜ、

不向きなことを無理やりやらせようとするのでしょうか。

学校教育が最たる例です。

人と違う行動をとることが許されない学校教育

登校時間が決められ、行きたくないけども親に怒られることを恐れて我慢して登校。

やりたくもない授業を受ける。

苦手得意科目に関わらずクラス全員同じペースで授業を受ける。

しかも1時間でも休めば授業の内容は分かりやしない。

将来やりもしない集団行動の授業も受けさせられ、

サボれば体育教師の鉄槌が下る。

教師に意見することは許されない。

学年学校全体が一つの方向に向かうことを強制される。

 

というのが、僕が学校教育で感じたことです。

正直、学校にさせられている勉強や行事で得ることは何一つありませんでした。

その一方で自分のやりたい勉強はとことんやっていました。

政治経済です。

気になることをどんどん調べていたら、

政治経済の分野だけ好きになっていました。

しかしながらそれとテスト勉強は全然別物で、

いちいちワークに取り組む必要がありました。

 

ということから、

学校に行くこと自体僕にとって無駄なことでした。

また高校生に戻りたい、とかいう人がいますが、

僕は戻りたいとは思いません。

そもそも苦い思い出しかないのもありますが、

あの強制される日々に戻るのが嫌なのです。

 

というように、

僕だけでなく、学校に行きたくなかったけど嫌々行っていた、という人は

計り知れないと思います。

今でも、勉強したくないのに、無理に大学進学しようとしている人もいます。

それが将来のためになるだとか、就職に影響するだとか、

とにかく周りの目を気にしている人が多いと感じます。

僕自身もそうです。今は学校生活時代より気にしなくなりましたが、

まだ完全に抜け出すことができていません。

 

無理にやらなくていい。やりたいことをすれば世界は変わるかもしれない。

周りが大学目指してるから。。

同僚だって文句を言わず働いているんだから、自分も。。

空白期間があると転職に不利だし、苦しくても我慢しよう。。

 

そういう思考が、全体主義を加速させていると言っても過言ではないでしょう。

個人というものを潰してまで、やりたくないことをやる必要はありません。

 

僕は潰されそうになりました。

やりたくないことを無理してやっていたので。

死にたい気持ちにも襲われ、カッターやはさみを何度も自分の体に突きつけました。

本当は死にたくはない。生きたいんです。

ただ、苦しみから解放されたいだけ。

だから、やりたくないことはやらない。

その一歩として、今日は会社を休みました。

明日も休むかもしれません。

かつて休職しているので、いざとなったら休職します。

家族の理解がないのが心苦しいですが、

そんなものよりも自分の身体を大切にします。

 

皆さんも、僕のように追い込まれる前に、逃げてください。

身体を壊す前に、やり直しましょう。